人生の節目にロングトレイルがある|MAO(バリスタ&ロング・ディスタンス・ハイカー)

人生の節目を迎えたMAOさんは、大好きなコーヒーとアウトドアをひとつに結びつけようとしている。
  • Photograph:Takeshi Abe
  • Text:HERENESS

これまでバリスタとしてコーヒーの世界に真剣に関わりながら、山に登り自然に触れ合うことで生活のバランスを保ってきたというMAOさん。昨年長く勤めたコーヒースタンドを辞めて、北米を南北に貫くパシフィック・クレスト・トレイル(通称PCT)のセクションハイク(長いトレイルの一部セクションを歩くこと)へと旅立った。そのトレイルをいつまでも歩き続けたいと感じたMAOさんは、自然の中に身を置くことで“あるが まま”でいられると話す。 

自然はコーヒーとのバランスを取る存在

新卒でコーヒー関係の会社に就職したMAOさんは、もっとその知識を深めたいとその仕事を辞めてバリスタを志し、コーヒースタンドで働きはじめる。真剣にコーヒーと向き合う毎日の中で、山と出合った。 

「6年前くらいですかね。本当にコーヒーのことばかり勉強していたから、たまには全然違う自然の空間に行ってみたいっていう気持ちがあって、それで始めたっていうのがきっかけでした。最初は友達に誘われて、有名でもないし標高差もあってきついけど行く?って誘われて登ったのが富士山の外輪山の毛無山。それから少しずつ八ヶ岳に登って、南アルプスのほうに行って、次は北アルプスでテン泊をしてみる、みたいな感じで徐々にステップを踏んでいきました。バリスタになりたての頃なんで、少しずつお金貯めてギアを揃えましたね」 

静岡の海の近くで育ったMAOさんにとって、東京都心でコーヒーを通していろいろな人たちと関わる日々は、刺激的であると同時にエネルギーを使うことが多かったそうだ。

「毎日いろんな人に会って、それに加えてコーヒーの勉強もするってなった時に、息抜き的な感じで自然のところに行きたいって。この日はがっつり一日山に行くぞっていう感じで、たぶんバランスを取っていたんだと思います」 

人生の節目にロングトレイルがある

やがて装備を揃えて冬山へも向かうようになったMAOさんは、ある意味日本の登山のステップを順当に踏んできたと言えるかもしれない。その先に海外のトレイルが目に入るようになってきた。

「SNSを見たりして、アメリカでハイキングしている人がいるらしいということを知ったり、アウトドアブランドのロング・ディスタンス・ハイクの記事を読んだりして、こういうのがあるんだって。でもいつか行けたらいいなって感じでした」

だが、その“いつか”は意外と早くやってきた。山に通ううちに身の回りでハイカーの知り合いが増えていき、その中には海外のロング・ディスタンス・ハイクを経験している人も多かった。

「みんなはこんな感じで行ってるんだって、自分が歩くイメージも湧いてきました。それで翌年に行ってみようって決意して。仕事を辞めて、1〜2ヶ月くらいアメリカでハイキングをする準備を始めました」 

けれど事はそう簡単には進まなかった。自身が体調を崩してしまったり、家族に大きな病気が見つかったりと苦しいことが続いて、長く海外のトレイルに行ってしまってもよいのかと悩んだこともあったそうだ。

「本当にいろんなことが起こっていて、アメリカにも行けないのかなって感じだったんです。でもその時、私には日本から離れてどこかに行く時間が必要だって強く思っていて。家族からも“大丈夫だから行ってきていいよ”って言ってもらったんですね。不安はあったんですけど、一旦アメリカに行って、もう好きなようにハイキングしようと。自分の中では大きな節目で決めて行ったハイキングでした」 

トレイルカルチャーに触れる

トレイルトリップの計画は、ロング・ディスタンス・ハイクの経験が豊富なMAOさんのパートナーと相談して組み立てた。北カルフォルニアに聳えるマウントシャスタの麓、ダンスミアというトレイルタウンから入り、PCTの一部を北上してオレゴン州のポートランドの辺りまで歩こうというコースだ。しかしオレゴンに近づくにつれて、このエリアを襲った山火事の影響を受けることになった。そこで進路変更。飛行機で南カリフォルニアに飛び、ビッグベアレイクからメキシコ国境へと南下するコースに。

「北カルフォルニアは森の中がすごく綺麗で、日本で見たことがない大きい木があったり、湖で泳いで休憩したりと新鮮でした。一方、南カリフォルニアは砂漠って何もなイメージだったからあんまり興味がなくて、でもいざ行ってみると初めて行く地形っていうのに結構ワクワクしたものがあって、どっちにも良さはありました。正反対のところに行けたっていうのは良かったですね。

今回アメリカにハイキングに行くときに知りたかったのは、スルーハイクのトレイルカルチャーでした。トレイルエンジェルってどんな人だろうとか、みんなヒッチハイクしてもらったっていうけど、本当にしてくれるのかなとか、スルーハイカーと会って話してみたいとか。トレイルネームも欲しいって」

長い距離を移動するアメリカのスルーハイクには独特の文化がある。行く先々でハイカーを支援してくれるトレイルエンジェルと呼ばれる麓の人たちとの交流や、スルーハイカー同士が親しみを込めて与え合うトレイルネームなど、厳しく長いハイキングを支えるカルチャーが自然発生的に生まれて伝えられてきた。実際にMAOさんもダンスミアの街からトレイルヘッドに向かう際にスルーハイカーやトレイルエンジェルのお世話になったそうだ。

「トレイルヘッドまでの行き方がわからない時に、街で出会ったスルーハイカーが“トレイルエンジェルの家に泊まっているから一緒に車に乗せて行ってあげるよ”って声をかけてくれて、初めからこんなことある?って。トレイルエンジェルからも“今年のPCTは雪が多いよ”と情報をくれたり、水は大丈夫?食べ物はある?と心配してくれて。あっ、本当にトレイルエンジェルっているんだって」

目の前のハイキングのことだけを考えればいい

最後にMAOさんにとっての“あるが まま”とはどんな状態ですかと尋ねてみると“やっぱりハイキングの話になってしまうんですけど”とこんな答えを返してくれた。 

「そもそもロングトレイルって不便なことが多いじゃないですか。シャワーも週に1回ぐらいしか入れない、ベッドでも寝れない、携帯の電波もないとか。初めはそれに慣れなくて不機嫌になる頃もあったんですけど、2週間ぐらい経ってからそんなことが本当に気にならなくなってきて、トレイルにどんどん体も慣れてプラスな気持ちばっかり。なんか毎日こんなに歩けて楽しいなって。

日本に居た頃は仕事のことや家族のことなど、考えてしまうことが多かったんですけど、アメリカのあまりにも広大な自然の中にポツンといると考えることがない。本当に目の前のハイキングのことだけ考えればいいから、その時その時の感情で動いてるという感じがして。景色が綺麗で感動して泣きそうになった時もあれば、不便さにすごく怒っていたり、いろいろあったんですけど、自分の”ありの まま”が全部出たハイキングでした」 

MAOさんが、そんな自分を解放するような長い長いトレイルを歩くなかで、重宝したアイテムがメリノウールのTシャツだったそうだ。

「ハイキングの時に持っていったのはメリノウールのTシャツとポリエステルのアロハシャツ。海外ハイカーがお気に入りのシャツを着ていたから、私も好きなアロハシャツを持っていこうって。その二着を交互に着ていたんですけど、アロハシャツで3日間砂漠を歩いた時に臭すぎて本当にびっくりして。急いでメリノウールのTシャツに着替えたんですけど、その後の2日間はやっぱり匂いが全くしないし、どんなに汗をかいてもベタベタ張りつかないから快適に着られた。もう明らかに違いを感じましたね」

海外でのロング・ディスタンス・ハイクを経験をしたMAOさんは今、真剣に取り組んできたコーヒーと大好きなアウトドアを結びつけることを考えている。移動販売でアウトドア向けのコーヒースタンドを始める準備を始めているのだ。

「アウトドアイベントに出展したり、山の近くや海の近くでコーヒーを出す。自分が好きなところで、自分が好きなことをやっている人たちとコミュニティが作れるような空間を作りたいなと思っています」 

〈着用アイテム〉
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