走って頭がクリアになると描く線がシンプルになる|ZUCK(イラストレーター)

イラストレーターのZUCKさんは、ランニングを続けることで健康的な生活と創作の両立を図っている
  • Photograph:Takeshi Abe
  • Text:HERENESS

ランニングを日常生活に取り入れる人にとって、その理由はさまざまだ。“ランナー”と一口にいってもそのフェーズやアプローチは多岐に渡る。けれどどんなランナーでも、続けることで心身の健康を高めてくれたり、その副次効果を体感したならば、いつか、“走ることについて語る”ことができるだろう。雑誌やWEB、書籍やミュージックビデオなどさまざまな媒体でイラストを手がけるZUCKさんのランニングライフは10年ほど前に始まった。彼の描くどこか心を掴まれるPOPでかわいいイラストは、走る時間にインスピレーションを受けることもあるという。一日の終わりに、心地よい“あるが まま”の状態に近づけるツールとして価値を見出すZUCKさんに、走ることについて語ってもらった。

 走ることと創作

イラストレーターのZUCKさんにとって、ランニングは生活の一部だ。日頃、自宅付近のお気に入りのコースをひとり黙々と走っている。

「走り始めたきっかけは、単純にダイエットでしたね。仕事柄、家でずっと座って絵を描くという生活なので、一日の中で昼食とおやつの時間で区切りをつけたくて。それに加えてランニングを組み込んでみたところ、減量だけでなく、走りながら色々考えるのが楽しかったり、仕事のアイディアが浮かぶこともあって習慣になっていきました。夕方仕事を終わらせて、夕食の前に走るのがルーチンです」

 

集中的に走り込むこともあれば、時間を取れずにしばらく間が空くこともある。気の向くままにランニングを生活に取り入れるZUCKさんは、昨年『WELLNESS』というタイトルの個展を開催した。

「『WELLNESS』というタイトルにしたのは、自分が走っているなかでからだを動かすことをテーマに描きたいと思ったのはもちろん、僕の中で生まれていた矛盾に対して意識を向け、絵に向き合ってみたという部分があります。矛盾というのは、絵の制作をする者が健康的な生活、まさにランニングなどをしていて面白い絵なんか描けるのだろうか…という、僕の斜めに見た考え方なんですが(笑)。走ることを習慣化するうちにそんなことを考えていました。


それをある人に話したとき、村上春樹さんがランニングについて書かれたエッセイを教えてもらって読んでみました。一番印象的だったのは、小説作家としてひとの根本にある毒素のようなものに向き合うべく体力を付けなければいけない…というようなことが書かれていて、なるほどなと思いました。

僕はもっとひねくれていて、やさぐれていた方が面白い絵が描けると思うタイプ(笑)。彼が作家として体力トレーニングを意識している点に、歳を重ねるごとに僕も腑に落ちる部分がありましたね」

我々が小説を書こうとするとき、つまり文章を用いて物語を立ち上げようとするときには、人間の存在の根本にある毒素のようなものが、否応なく抽出されて表に出てくる。作家は多かれ少なかれその毒素と正面から向かい合い、危険を承知の上で手際よく処理していかなくてはならない。そのような毒素の介在なしには、真の意味での創造行為をおこなうことはできないからだ。 (中略)しかし僕は思うのだが、息長く職業的に小説を書き続けていこうと望むなら、我々はそのような危険な(ある場合には命取りにもなる)体内の毒素に対抗できる、自前の免疫システムをつくりあげていかなければならない。(中略)そして我々自身の基礎体力のほかに、そのエネルギーを求める場所が存在するのだろうか?

(走ることについて語るときに僕の語ること:村上春樹著)


創作を生業とする者として、走ることと“創造行為”の関係に考えを巡らせるなか、ランナーにとってのバイブル「走ることについて語るときに僕の語ること」に、ZUCKさんも心を寄せていた。


あるべきシンプルな線に削ぎ落とされていく

ZUCKさんが描くPOPでかわいいイラストがひとを魅了するのは、創作のプロセスのはじめの部分、ラフの線に秘密がある。

「完成して自分なりに良い絵だと思えるのは、“あるが まま”の自分が反映されているようなときです。僕はだいたい線画で最初にラフを描くんですけど、その線がすでにきれいな形になるように目指しています。それ以上でも以下でもない『ここだ』という、ぶれない線を。

そこに定着する線みたいなものが描けると、その後の着色や完成に至るまで自分が納得できるものになる傾向があります。集中しない状態ではグニャッと曖昧な線になり、それなりの仕上がりになってしまうんです。偶然じゃなくて自分で持っていくものなんだなと」

個展『WELLNESS』では、シンプルに削ぎ落とした作品を数多く描けたという。

「間を埋めるよういっぱいに描くよりも、間をもたせるシンプルさには勇気がいるんですが、意識して集中することで描けた感覚がありましたね。ランニングが本当に影響してるかはまだわからないですが、体を動かしているときの方が頭がクリアになって集中力が増すのは実感しています。今後も“あるべき線”に削ぎ落としていく方向になると思います」

以前抱いた矛盾とは異なり、ZUCKさんにとってランニングと創作との間にはもう切り離すことのできない価値が見出されている。そんな彼が、以前からHERENESSのアイテムを愛用してくれていたという。

「HERENESSのデザインが好きでいろいろと持っていますが、〈SMOOTH WOOL T-SHIRT〉は今回初めてでした。Mサイズは僕には少し大きいかなと思ったんですけど、ゆとりがあるからこそぷるんとした柔らかいウールの肌触りが気持ちいいです。デザイン自体がゆるっとしたシルエットだから、普段着とシームレスに使えるアイテムですね」

「夏はランニングの時もそうですけど、普段仕事の時もずっと〈FOCUS CAP〉を被っていましたね。髪がちょっと長いので、描く時に邪魔にならないようにずっと被ってます。〈SUGARCANE SHORTS(MEN)〉は履いていることを忘れるほど(笑)、それくらい皮膚の一部になりつつあるという感じです。肌触りが良いからなんでしょうね」


変わりゆくなかで続けること

年齢を重ねていくなかで絵のニュアンスが変わるみたいに、自分の状況が変わっていくこともある。

「今は夕方に走っていて、なんてことない広い道できれいな夕日に出合えると、一日が成功したみたいな気持ちになりますね。あまり特別じゃないこととして取り入れているつもりですが、とにかく走って終われた一日は気持ちいい。でも、もうすぐ子どもが産まれるので、そうなるとまた変わっていくのかなって。朝型になるかもしれませんね」 

まもなく父になるZUCKさんは、昔の価値観のままではなく、より柔軟な考えにもなっているようだ。 

「学生の頃には、“アート”と“私生活”は全く別のものだとしていました。だんだんと歳をとるにつれて、その境界線がなくなっているという感じがあるんです。例えば、ランチの時間にアイディアを思いついたり、ランニングをしているときの風景からインスピレーションを受けたりなど。生活の中から作品やモチーフに表れることがあったりしますね。だから、過去に行った個展のテーマで、もう一度やりたいと思うことも出てくるんじゃないかと思っています」

自分も周りも変わりゆくなかで続ける創作とランニング。ZUCKさんがもう一度ランニングをテーマに個展をひらくとき、どんな作品が並ぶのか、今から楽しみだ。

〈着用アイテム〉
モデル身長:166cm
SMOOTH WOOL T-SHIRT(UNISEX) Size:M
SUGARCANE SHORTS(MEN) Size:S
FOCUS CAP Size:Free